2016/01/21

雪の安土城跡 器展

今年最初の寒波が去った翌々日。
 
所要にちょっと大回りな寄り道をして
琵琶湖の東岸、安土城跡に行ってきました。
 
観光案内所に電話したところ、
 
「細い道の日陰がアイスバーンになっているところがあるが、
幹線道路で来てくれれば大丈夫。」
 
とお返事いただいて、高速道路を北東に三時間。
 




 
竜王インターを降りると道路はほぼ乾いていましたが、
 
広がる田畑は銀世界。
 
琵琶湖に流れる川辺も家々の屋根も真っ白で、
道沿いにいくつか雪だるまも見えました。
 



 
遠くの場所という前提で観ていた映像と
ほとんど物語の人物の現実が目の前に広がると
 
手に汗握る映画のハイライトでも、
難しい歴史クイズを正解したときでも得られない
 
気持ちのざわめきがあります。
 


 
 
七重の城郭は白い壁に漆の黒いふちどり。
 
紺や赤、金の絶妙な配色に彩られていたという安土城。
 
 
築城時は琵琶湖の内湖の上にあり、
 
盂蘭盆会、お盆の夜には
信長さまが家臣ひとりひとりににたいまつを持たせ、
 
この道々や回廊に並べられた無数の提灯の明かりが湖水に映り
 
たいそう珍しく美しい光景だったと伝えられます。
 
 


 
 
本能寺の変後、秀吉と光秀が戦った山崎の戦いの二日後、
天主閣は火事となり北西側に倒れこむように焼け落ちましたが、
 
この大手道沿いにあった武将の邸宅、二の丸や寺院は燃えませんでした。
 
 

 
あるじを失いめぼしいものは持ち出され、
 
荒廃し再建されることなく
石垣だけを残して消えていった信長さまのお城とその城下町。
 
 
 



大手道の階段の段差は大きく、

すぐに息があがります。




ベージュの刷毛目ロングカップ 11.3cm
https://www.iichi.com/listing/item/772014





































だんだん森が深くなり、

道の中に大きな木が立っています。






天主閣には清水の舞台と同じ「かけづくり」の大テラスがあり、

ある年の正月にはここから信長さまが大勢押し寄せた訪問客に

「皆の者よう参った、ここでは冷えるゆえ、先に南側を見物して待つが良い。」

と呼びかけたそうです。





頂上にあたる天主閣の土台の上からは琵琶湖と湖畔の雪景色。

信長さまが寝起きした安土城の景色はここよりさらに上方からです。




 

鼎のカップ&ソーサー(藁灰釉)
https://www.iichi.com/listing/item/772009





 



天主閣の礎石の上には

三日前の雪がこんもりとして、

まだ柔らかさをを保っていました。


 

リングと刷毛目のベージュ茶碗
https://www.iichi.com/listing/item/772001
 
平日の雪道でも訪れる人は少なくなく、

途中何人もの人とすれ違いました。


 
 
 
光秀謀反の原因はいろいろ推測されていますが、
 
最後には今刺せば信長さまとその世継ぎを必ず殺せるという
誘惑に勝てなかった光秀も、
 
御用とあればこの城に何度も登城し寝起きしていました。
 
 
 















安土桃山時代という日本美術の絶頂期の
立役者でもある信長さまの美の殿堂。


名だたる絵師に描かせた多数の襖絵や
名物茶道具がたくさん失われましたが、

その美の潮流は失われず、
秀吉さまの桃山時代に続いていきました。


カタルシスと信長さまのビジョンを感じる絶景を味わいに、
 
また何度でも来たいと思える場所でした。